バラバラに、ともに。遠藤まめたのブログ

LGBTの子ども・若者支援に取り組む30代トランスの雑記帳です

LGBT理解増進法は女湯の運用とは関係がない

LGBT新法をめぐって、この辺は前提に議論できると良いかなと思うことを整理してみた。なおタイトルには理解増進法をあげたが、差別禁止法も同様である。

(ちなみに執筆者はトランスジェンダーの当事者として2010年前後から議員に政策提言などもしている立場です)。23年5月16日更新、自民党案を追記しました。

与野党合意されているのは理解増進法

議論されている法律は2種類ある。ひとつめは理解増進法で、こちらは2年前に与野党合意されたが自民党内の一部反対によって成立しなかったもの。こちらに本文をあげてみた。

www.evernote.com

国が性自認性的指向に関する基本計画を作ること(3年ごと更新)、自治体や事業主、学校などが理解増進のための努力をすることといった内容が入る。

もともと自民党が主導で理解増進法を作る動きをしてきたが、自民党は過去の言動からLGBTに対して真面目に政策をやるつもりがないとみなされており、理解増進法も当事者コミュニティからは警戒されている。理念法なので、具体的な規制や罰則は存在しない。

もう一つが差別禁止法で、野党が提出したものはこちらに本文がある。

www.shugiin.go.jp

差別禁止法は行政や事業者などに合理的配慮を求めるもので、事業者や個人に対する罰則規定があるものではない。

② 女湯の運用は関係がない

「新しい法律ができると女湯にペニスのある人が侵入して〜」という話がSNS上で流布されているが、理解増進法にはそんなことは書いていない。理念法に「差別は許されない」と書いてあるのは理念の話である。

差別禁止法であっても求めているのは合理的配慮だ。合理的配慮というのは、聞きなれない人もいるかもしれない。たとえば障害者差別の文脈においては、合理的配慮とは「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」を指す。つまり、かならずしも全ての場面で障害の有無にかかわらず同じように接しなくてはいけないものではない。LGBTの場合も同じで、かならずしも全ての場面でLGBTでない人と同じように接しないとダメ、というわけではない。

すでにある自治体の差別禁止条例のFAQも参考になる

差別禁止を盛り込んだ「埼玉県性の多様性を尊重した社会づくり条例」は、HPで次のように解説されている。

Q2-3.性自認は、どんな場合でも優先されるのでしょうか。例えば、性自認が女性で、戸籍上の男性が女性専用エリアに立ち入った場合はどうなりますか?

 

自らの性自認は尊重されるべきものですが、この条例によって、どんな場合でも性自認が戸籍上の性別に優先されるということにはなりません。

例えば、公衆浴場について、厚生労働省の公衆浴場における衛生等管理要領により、浴室は男女に区分した構造が規定されておりますが、これは公衆浴場法が規定する風紀の確保に必要な措置として定められているものです。また、入浴についてはおおむね7歳以上の男女を混浴させないこととしています。これにより、制限年齢の戸籍上の男性は女湯で入浴することはできません。

「埼玉県性の多様性を尊重した社会づくり条例」が、法律による規制を上回ることはないため、性の多様性の尊重を理由に、違法性が阻却されることはありません。

www.pref.saitama.lg.jp

本条例の制定に奔走した渡辺大議員は「条例の規定が、迷惑行為防止条例等、偽計業務妨害罪、建築物侵入剤などの構成要件の該当性を否定したり、違法性を阻却するものではありません」とも述べている。要するに、犯罪者を処罰するためにいかなる妥協を行うつもりはないということだ。

野党提案の差別禁止法についても、同様に議論できる。差別禁止法には刑法に関する記述は存在しないから、犯罪者の処遇についてなんらかの妥協が行われるものでもない。こちらもよければ参考に。

trans101.jp

(埼玉県のようなFAQが野党提案の差別禁止法とセットで用意されていると、このようなブログ記事を書かなくて済むので今後ぜひ期待したいところ)。

③ トランスジェンダーが「女湯に入れろ」と要望しているわけではない

そもそもの話だが、トランスジェンダーが「手術なしで女湯に入らせろ」と立法を要求してきたわけではない。トランスジェンダーは人口の1%にも満たず、知り合いにトランスジェンダーがいない人が大半であるため「よく知らない=怖い人たちがトンデモな要求をして社会を壊そうとしている」というネガティブ・キャンペーンが浸透してしまいやすい。このような不安を煽る流言が効果的だから、LGBTに否定的な人たちは確信犯的に女湯の話を持ち出しているので悪質である。

www.youtube.com

同性婚アメリカ全土で法制化し、闘いに敗北した宗教右派が今度はトランスへのネガキャンに注力するようになった話はこちらの動画でもされている。このようなグローバルな反動があることは議論の前提として知られてほしい)

④差別禁止法があっても制限できるのは一部

「差別禁止法が必要だ」「差別禁止法は危険だ」など、さまざまに意見が飛び交っているが、そもそも法律で規制できる差別は一部である。


有名な「憎悪のピラミッド」の図をあげてみる。こちらの上から二つ、すなわち虐殺や殺人、暴行などは既存の刑法でも取り締まることはできる。差別禁止法がカバーしうるのは三段目の「住居差別」「就職差別」「教育差別」などである。

トランスジェンダーであれば、9割が就職活動時に困難を抱えたとか、履歴書の性別と身分証が一致しないから内定を取り消されるだとかが珍しくない話としてある。痴漢に遭遇して警察に行ったところトランスジェンダーだとわかった時点で態度が変わったとか、そういう話もある(トランス男性、女性ともに半数が性被害の経験があるのに、適切に対処できる窓口は限定されている)。

差別禁止の法制度はそのような事柄を防止する効果が期待される。しかしながら、このような場合でも、もし内定取り消し等がされてしまえば不当だと主張したり、時には裁判をしたりして、差別を受けた当人が立ち上がらなければならず、差別を受けた当人がかなり頑張らないといけない。

ピラミッドの下2つについては、法律ではなんともしがたいエリアになっていく。例えばSNSで飛び交っているトランスヘイトの罵詈雑言なんかも、多くは差別禁止法では対処できないエリアとして存在し続けるだろう。当事者の日常をもっとも消耗し、メンタルヘルスを阻害させるのは、憎悪のピラミッドの下の方にある事柄だと言われているから、なかなか辛いところである(マイクロアグレッションという言葉は、法律ではどうしようもない差別を表すものとして近年日本でも使用されつつある)。

反差別を考える際に「法律では規制のしようがないエリアがかなりある/むしろ日常的な差別の大半である」ことは、議論の前提として持っておいた方が良いと感じる。

⑤「理解」についての私見

10年近く前になるが、NYを訪れたときに婚姻平等を求めて戦った団体の人が、平等には2種類の考え方があると話していた。「法的平等」と「生身の平等」だ。トランスの権利は後者の部分が大きいだろうと彼は話していた。ロバを水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない。人々が実感としてトランスジェンダーの人たちを自分と同じような人間だとわかることが必要だ。

他者の理解に依存しないと安穏に生活できない社会はクソである。だが、実際のところ理解は重要である。婚姻平等が法制化された際にも、結婚したと職場に報告できる環境を支えるのは理解だろう。アプローチの仕方という「ものすごくざっくりした話」をすれば、差別禁止があれば理解増進はいらないとはならないし両方必要である。LGBT理解増進法があれば学習指導要領にLGBTが入りやすくなるだろうし、限定的であったとしても効果には期待している。

自民党案を追記

5月16日更新。2023年5月の自民党案を追記した。性自認が性同一性に変更されることなど話題になっているが、性同一性の定義はこちらの範囲で見る限りは性自認と同様であるようだ。今後の国会での議論がどうなっているのか注視したい。

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