バラバラに、ともに。遠藤まめたのブログ

LGBTの子ども・若者支援に取り組む30代トランスの雑記帳です

「韓国のトランスヘイトの現状とその対抗策に学ぶ」レポート

先日開催されたオンラインイベント「韓国のトランスヘイトの現状とその対抗策に学ぶ」は、韓国からゲスト二名を招いた豪華な作りでありつつ定員が40名と少なく、参加したくてもできなかった人が多いようだった。そこで、主催者である「くまにじ」さんに許可をとり、簡単なメモをブログに掲載しようと思う。

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くまにじ主催のイベント

日本でこの数年広まりつつあるSNS上のトランスヘイトに関連した話題は少なく、どちらかといえば韓国のトランスジェンダーをめぐる運動の歴史や、法的位置付けについての説明が多かった。

韓国の性的マイノリティのコミュニティと運動

はじめにリュ・ミンヒさんより、韓国の性的マイノリティのコミュニティと運動についての紹介があった。リュさんは、この日のもうひとりのゲストであるパク・ハンヒさんと一緒に公益人権弁護士のグループ「希望をつくる法」(希望をつくる方法とのダブルミーニング)(http://www.hopeandlaw.org/)

内部のSOGI人権チームで働き、差別禁止法、トランスの性別変更、セクハラに関する憲法訴訟に関わっている。

リュさんはシスジェンダーレズビアンであることを公表している。トランスアライとしても弁護士としても、トランスジェンダーの人権擁護の話は重要だと考えてコミットメントをしてきたという。

 

リュさんの解説によれば、韓国の歴史において近代以前にもクィア的な存在はどこにでもた。朝鮮王朝実録にもレズビアンインターセックスの話が出てくる。日本の植民地時代にもクィアの存在が新聞で報道されているが、当時は病気として認識されていたようだ。1950年代になり都市化が進むにつれ、性的マイノリティの人たちのアイデンティティ形成の空間ができてくる。50年代、60年代になるとソウルには発展場ができていた。

1990年代以降、運動の組織化が行われていく。1993年には韓国初の性的マイノリティの人権団体である草同会(チョドンフェ)が誕生。1994年にはキリキリ(現レズビアン相談所)、チングサイができる。2000年にはクィアカルチャーフェスティバル(プライドパレード)がソウルで初開催。やがてパレードはソウルだけではなくて地方都市でも開催されるようになった。2001年からはレインボー映画祭もはじまっている。2007年には、差別禁止法案の差別禁止事由から性的指向を含む7項目を削除されたことをきっかけに、性的少数者反対レインボーアクションができた。

 

トランスジェンダーの存在が現れてくるのは2000年代である。2001年にトランスジェンダー の芸能人、ハリスがカミングアウトして可視化に大きく貢献した。ハリスはいまでも活躍している著名なタレントだ。2002年、2006年には、法的な性別変更に関する特別法が発議されるが通らず、現在も法整備がなされないまま現在にいたる。ただ、韓国には日本の性同一性障害特例法にあたるような法律はないが、2006年に大法院(日本の最高裁に相当する)で下された性別変更の判例が影響をもち、一定の要件を満たした場合に法的な性別変更ができることになった。2006年にはトランスジェンダーの団体チロンイが発足し、活動を展開していった。

韓国におけるトランスジェンダー の人権の現状

つぎにパク・ハンヒさんより韓国におけるトランスジェンダー の人権の現状について説明があった。パクさんも、前述の「希望のつくり方」所属の弁護士だ。トランス女性であることを公表しているが、現在3万人の弁護士がいる中で当事者であることを公表しているのは彼女ひとりだ。公表したのは2017年のこと。それだけ韓国社会においてトランスジェンダーが声をあげることが難しいのだ、とパクさんは語った。

 

トランスジェンダーの人権の現状としてパクさんがあげた特徴がいくつかある。

①不可視性

韓国ではトランスジェンダー 人口に関する統計がない。何人いるかわからない。性別変更についても2006年より裁判所で可能だが分類がないので人数を確認できない。国レベルでの実態調査を2020年に国家人権委員会(人権擁護機関)が行ったり、民間団体が独自に行なったりしているが不十分である。

 

②制度的差別

性別変更の要件が厳しく、法律がないため裁判所によって判断がわかれる。またSOGIに関する差別禁止法はない。

 

③ヘイトとスティグマ

宗教右派(保守プロテスタント)など極右団体による差別煽動が行われている。また急進的な人々による「トランス女性は女性ではない」とする排除言説もある。フェミニストを自称しているが、あの人たちがやっていることはフェミニズムとは関係ないとパクさんは考えている。トランスジェンダーについての人々の意識を尋ねた調査結果は2001年と2020年であまり変わっておらず、UCLAウィリアムズ研究所によるトランスジェンダー に対する国別の意識調査では、韓国は53点、日本は62点と、日本に比べても厳しい状況である。

韓国の法的な性別変更について

韓国の法的な性別変更について、日本の性同一性障害特例法に相当するような法律がない中で、裁判所に依存する形で行われてきたことの解説もなされた。

韓国では13桁の住民登録番号が住民登録証、運転免許証などに表記され、すべての行政・民間領域で身分証としてかならず使われる。この7番目の数字が性別をあらわしており、この住民登録番号をつかうことで性別が暴露されるためにトランスジェンダーの当事者の日常生活に困難が生じている。

1980年代より地方裁判所では性別変更を認める決定がなされていたが、2006年に前述の大法院における性別変更が認められたことにより、以降は同様の基準にもとづいて裁判所が性別変更を許可する形となっている。具体的には、日本の特例法で求められている非婚要件、子なし要件、手術要件に加えて、これは日本ではない要件であるが、前科や信用情報(借金がどれだけあるかなど)に関する情報などが求められる。手術要件についても(日本ではトランス男性の場合には陰茎形成は必須とはされていないが)韓国では必須である。法律がないため判事が恣意的に判断し、両親が性別変更についてどう考えているのか聞かれたり、外部生殖器の写真をだすように要求したり、セクハラ的な質問をされたり、問題が多い。

2011年には大法院にて、子どもがいるトランスジェンダーの性別変更が却下されている。

医療アクセスについて

医療アクセスについても課題が多い。ホルモンや手術療法は保険適用外となっており、当事者アンケートでは、法的性別訂正を行わない理由の58%が「性別適合関連の医療に費用がかかるため」とされている。医療機関は単なる金稼ぎ目的のためにトランスジェンダーを診ており、副作用に関する説明がなく手術したり、高圧的だったり、タメ語を使われたり、よくないレビューをネットにあげると裁判で訴えてきたりする。当事者たちは現在このような事例をあつめてメディアに情報提供し、態度を変えようとしている。

より一般な医療アクセスについても、医療従事者からの差別が怖くて病院にいきにくいと感じるトランスジェンダー当事者がいる。コロナ禍でも、医療受診をためらう当事者の事例などが報告されているそうだ。

差別をなくすために

韓国ではさまざまな項目を含む差別禁止法が2007年にはじめて議論されたが、今日にいたるまで制定できていない。立法されない理由としては保守がSOGIをいれることを拒んでいるから。政府とは独立して設置されている国家人権委員会では性的指向にもとづく差別禁止を決めたが、2016年には性的指向を外すことをめざした改悪発議が行われた。改悪に反対するために人々が声をあげて、結果として改悪はされなかったが、そのあとも改悪の試みがなされている。

LGBTに反対しているキリスト教右派団体は「差別禁止法ができると女湯に男が入ってくる」「手術をしてないトランス女が女子トイレで性暴力をふるう」などのマンガをのせたリーフレットを配布している。Twitterを中心に「女性の安全」のために排他的な主張をする人たちがいるが主流派ではなく、メインストリームのフェミニストたちはトランスジェンダーと連帯している。

2021年現在は、さまざまなトランスジェンダーの団体がうまれている。女性、労働、障害者の運動との連帯を表明し、難民支援、兵役拒否者の問題と語り合うなど、さまざまなアジェンダでのつながりが生まれつつある。

ツイッターでのトランス排除言説は一部にすぎず、主流派でもないが、若い人たちが傷つかないようにしなくてはいけないとパクさんは語った。

2020年には淑明女子大学事件がおきた。性別適合手術を受けたトランス女性が合格したが、一部学生が差別煽動のポスターを張り出した。彼女を応援して、差別ポスターの上から「連帯します」「がんばってください」などのポストイットを貼る学生たちもいたが、入学した際の差別に耐えられないと考えて、その学生は入学を断念せざるをえなかった。これはターフの差別煽動が露骨に現れた事件といえるだろう。また2020年には性別適合手術を受けたトランス女性のピョン・ヒスが、心身に障害があるとし、軍人として不適合として強制退役させられた事件があった。その後、遺体で見つかるという悲劇となった。

 

リュさんは「韓国からよくないニュースが届くかもしれないが、いい未来を作ろうとしてることを知ってほしい。これからもお互いがお互いの力になりたい」と語った。

 

まとめ

 

以下は遠藤による感想だが、日本と韓国の運動は共通点が多いように感じた。LGBTの運動が90年代に盛り上がり、性別変更の要件についても韓国は日本の特例法から影響を受ける部分が多いなど、他の国々と比べても親近感を抱いた。韓国で今後、差別禁止法がとおれば、それが日本に与えるポジティブな影響があるだろう。

その一方、やはり違う部分もある。日本では少数ながら大学病院が性別適合手術を行なっており、韓国ほど医療資源は乏しくない。逆に韓国には政府独立機関である国家人権委員会が存在するが、日本の裁判所の人権感覚には疑問が残る。韓国は市民の力によって民主化を勝ち取り、政権交代も頻繁にある国なので、その点は日本の市民としてはうらやましい。

トランスヘイトを行う人々についてパクさんが主流ではないと話したのも重要であると感じた。トランスジェンダーも女性たちもともに家父長制によって抑圧され、性差別や性暴力に苦しむ者同士であり、共闘してきた歴史を持つ。SNSではどうしても過激な言説ばかりが目立つが、連帯している姿をみせつづけていくことが重要である。