バラバラに、ともに。遠藤まめたのブログ

LGBTの子ども・若者支援に取り組む30代トランスの雑記帳です

Twitterの一括ブロック機能を使ってみた

*8月30日、リライトしました。

 数年前からTwitter上ではトランスヘイト言説が激化しています。

この間、引用RTで絡んでくるアカウントが多く、それをみてメンタルヘルスを害しているユースたちがいることをわかっていて、ずっと悩んでいました。

そこで、特定のアカウントをフォローしている人などを対象として、一括ツールでブロックすることにしました。

単にクソリプの相手をしないとか、そういう次元では、フォロワーのメンタルヘルスに与える影響をふせげないと判断しました。

このブログを書いたのは「なにも悪いことをしてないのに突然私にブロックされて気を悪くしてしまった人がいたら申し訳ないから」です。一応説明しておくと事情はこんなところです。巻き添えをくらったときには、あなたや私のせいではなくTwitterの仕様のせいだと理解してもらえたらありがたいです。

(フォローしている人のリストなどに、おそらく原因があると思われます)。

 

 

 

 

 

入院時の対応でよかったこと

終わった今となればずいぶん前のことのように思えるが、先月入院して手術を受けた。

書こうか迷ったが、たぶん参考にしてくれる人もいるだろうから記録として残しておこう。

問題が発覚した理由

トランス男性はなかなか婦人科にいきにくいよね、ということで昨秋にこういうイベントを仲間たちと企画した。ZOOMで画面オフでもOK。参加費は無料。

婦人科医から健康にかんするレクチャーを受けられて、質疑応答もできるという企画だ。

lgbtcath.com

過去に同様のイベントをオフラインで開催したこともあるが、オンラインのほうが便利だというのもあり、100人近くの申し込みがあった。

イベント後、せっかくだからとゲストの吉野先生のクリニックを受診したところ10センチ規模の子宮筋腫がふたつ見つかってしまった。苦笑

正確に言えば、以前から筋腫の存在は認識していたのだが、放置していたので育ってしまっていた。妊娠出産を希望している人ならともかく、手術で全部取るのがいいのだろうな、という結論がここで出た。

地元の大学病院へ

自分は免疫系の難病(寛解中だけどな)をわずらっているので定期的に大学病院に通っている。そこで相談をし、病院内の婦人科を受診することにした。コロナ禍なので手術のスケジュールまで少し時間がかかったが、トランスだという話や出産希望してないことなどを告げて、スムーズに話が進んだ。

  • 検査方法について:内診は希望しないということで、肛門エコーと腹部エコー、MRIなどで手術当日まで乗り切った。人によって調べる項目はいろいろあるだろうから、みんなが希望すればそうなるかは不明だが、自分にとっては助かった。
  • どこまで取るか:今後の生き方次第で、卵巣まで取るのか確認してもらえた
  • 病棟:婦人科病棟だとしんどいだろうから男女混合病棟でベッド確保してくれた
  • 個室:可能なら個室、厳しくても男性の大部屋という方針で対応してくれた。差額はかからず
  • レンタルパジャマなど:今回はピンクを免れた

筋腫がでかいので開腹となったけど、幸い痛みもほとんどなく無事に終わった。

困ったのはヒマすぎてどうしようもなかったことぐらいだった。

さいごに

担当してくれた医療関係のみなさんはLGBTについてすごく知識があるという感じではなかったけど、改名や戸籍の性別変更について興味があっていろいろ質問してくれたり、とてもフラットだった。

もともとの持病のほうでかかっている主治医のほうも、木村映里さんの「医療の外れで」を最近読んでいて、いろいろ考えちゃった、みたいなことを話してくれた。

こういうコミュニケーションができる患者と医療関係者の関係って、全国的にはまだまだ全然ないだろう。自分はラッキーなんだと思うので、こういうのが当たり前になることを願う。

 

最後に去年のイベントのときに作ったクイズを置いておきます。

quiz-maker.site

 

トランスとスポーツをめぐる話

今回の東京五輪は、トランスをカミングアウトした選手が出場するというので、トランスとスポーツをめぐる話に焦点があたっている。

トランス女性が女性競技に出るのは体格差などを考慮しない、公平さにかけるのではないかという議論もあった。今回出場した中ではNZの重量挙げ競技に出たハバード選手に注目(および批判)が集まったが、ハバードはあっけなく敗退した。会場を笑顔で去り、感謝を伝える礼儀ただしい姿が印象的だった。

試合をあとから映像で見た。ハバードのあとにでてきたUSAの選手のガタイもすごくよかったし(ハバードの外見を批判していた人は、この選手の写真を見たらなんというのだろうか)、体格の小さなアジア系の選手がとんでもない重さを軽々と持ち上げていた。これまで興味を持つことのなかった競技だが、意外と面白かった。

競技参加をめぐって

「トランス女子が全部のメダルをかっさらい、女子スポーツを終わらせる」という恐れを口に出す人たちがいる。「海外ではすでにそのようになっている」と言い広めている人がいて、真偽を確かめずに信じる人もいる。

過去10年以上にわたりスポーツでは、どういう基準があれば公正性が担保されるか、インクルージョンをどう果たすかの議論がされてきた。専門家たちの知見も重ねられている。2021年現在におけるスポーツ科学の知見がすべてだとは思わないが、それなりに科学的な判断がされていて、結果としてトランス女子は結構シス女子には負けている。

アメリカの状況は、この記事にも詳しい。

front-row.jp

ハバードがあっけなく負けたことは「生物学的事実」とやらを強調する人たちの目にはどう映るのだろうか。Twitterをながめていたら、こんなツイートをする人がいた。

「トランスの選手は勝利すると袋だたきにされ、負けるとどうしようもないアスリートだと思われる」

アドバンテージがあるはずなのに負けたのだから例外的にどうしようもないアスリートなのだ、という判断をされる可能性が高い、ということだろうか。例外処理してしまえば、トランスアスリート脅威論(メダルをすべてさらってしまう)はこれからも維持され、競技から排除すべきだと主張し続けることができるのだろう。

そのような立場からみれば、ホルモン値などの制限をつけた上でトランス女子とシス女子で意味のある試合が成り立つという結論には、やはり到達しないだろう。

切符を手に入れること

ハバードの笑顔で考えさせられたこともある。

思い出したのは先月みたテキサス州のトランス男子が出てくるドキュメンタリー。彼は女子競技にずっと出させられていて連戦連勝しても全然嬉しくなさそうだった。

それが男子競技に出られるように認められ、はじめて試合で負けて悔し泣きした。そのあと試合で勝ち、結局男子競技でも何位かで表彰された。

あの男子競技で負けたときの悔し泣きと、はじめてスポーツやれた喜びみたいな入り混じった表情、ことばには簡単にあらわせない、胸をつき動かされるものがあった。

このドキュメンタリー

www.youtube.com

トランス男子の彼氏をずっとサポートしてきた彼女も試合を観に来ていて、号泣。

めっちゃかっこよかった。

トランスの選手をあれこれ中傷し、スポーツに参加しようとする理由をねじまげて捉えようとする人たちがいる。勝つためにトランスするんだろうとか。

でもそういう低次元の話をしていない。

トランスのアスリートの人生は複雑だ。子どもの頃からその競技を続けてきて、強い選手であればあるほど周りみんなに知られて、プロアスリートになればファンも出てくる。性別移行を秘密でやるなんて人生の選択肢はなくなる。競技と性別、おだやかな暮らしを天秤にかけざるをえない。アスリートのトランスの多くが「競技を引退したあとにしか性別移行できない」と語っているのが事実である。

それでもスポーツが好きでスポーツがやりたいと思っている人たちがいること、単純にすごいパワーだなとも思う。

 

*トランスとスポーツの経験については、先日友人の河津レナさんにこちらの動画も翻訳してもらった。とてもいいビデオなのでぜひみてほしい。

www.youtube.com

 

 

「休めっていうけど、休んだら差別なくならないじゃん」へのひとつの回答

TPATH(Transgender Professional Association for Transgender Health)というトランスが集まってトランスのヘルスケアを語るグループのカンファレンスに週末参加した。国際会議だが、例に漏れずcovid-19のためにオンライン開催である。
 
先日はオランダ大使館から交換留学プログラムの案内がきて喜んだが、内容はZOOMのミーティングだった。オランダの現地にいってチーズを食べることができず落胆したが、手軽にコミュニケーションがとれるのはいい。TPATHの会議もZOOMの機能をつかって英語、フランス語などの通訳が選べたし、情報保障で字幕がついたり、スライドや動画をアップロードしてくれた人がいたおかげで時差があっても追いつくことができたり、むしろ多様性に配慮した内容となっていた。Twitterの #TPATH2021というハッシュタグで、議論のサマリーもおえる。知的インプットをするにはオンラインで十分かもしれない。
 
その中でセルフケアについてのセッションが面白かった。アクティビストの燃え尽きには参考になるかも。
以下は私の英語理解なので違ってる可能性があるけど、こんなかんじ。
 
セルフケアして、結局元の場所にもどされるの?
 
セルフケアのイメージは西洋中心主義的で、極度に個人主義的じゃないのかという問題提起をしている人たちがいた。
 
「自分と向き合って回復して、また元のコミュニティで戦力として働きましょう。セルフケアにはこの商品を買おう。あのセルフケアはもう試してみた?(資本主義)」という枠組み自体が、なんかおかしくないか?
なんで元のコミュニティはそのままなの?そこにかえらなきゃいけないの?
しんどくなるのは個人的な問題なの?
セルフケアしようにも、この場を離れたところで差別無くならないし、助けを求めてる人はそのまま。子育てしてる人はそもそも時間も取れない。職場ならともかく家事や育児はどうすんの。ジェンダーのこと考えてなくない?セルフケアしようにもできない構造があるよ!と。
 
個人主義を超えたケアを模索しよう
 
そこで提示されていたモデルがself soothing(気晴らし)とself care(個人が地に足ついて意味と繋がりなおすこと)に加えて以下の二つ。
 
元ネタはこれっぽい

community care

(ケアさせてくれない世の中のシステムから一歩ぬけだす。子ども/おとな食堂みたいなのに関わったり、子育てしてるとセルフケアしにくいからコミュニティでの子育てにアクセスしてみるとか)

f:id:endomameta:20210802081147p:plain

イラストの出典は上記サイトから
 
stracture care
(さまざまなケアを可能とする構造に変える)

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トランスの場合だったら、トランスのスポーツ・サークルを作ってみるとか、コミュニティでご飯食べる会をやるのがcommunity careで、stracture careは近くのジムがトランスインクルージブになるよう働きかけるのが例としてあがってた。
 
別に個人でヨガをやってもいいし、ポテチを一袋気晴らしに食べてもOKなんだけど、おきている問題に対して個人的アプローチでケアをしようとすることだけが答えではないし、なんでも個人的に捉えようとするのは西洋中心的な個人主義の弊害っぽいかも、というお話でした。
なかなか面白かった。

オキュラスクエスト買って良かった話

たまには雑談を。免疫抑制剤のんでる上に日焼けもできないので、この夏は気分転換のしようもないな。ということでVRストリートビューつかって海外をみていた。TVは見ないし、Twitterのタイムラインは五輪で荒れているし。

オキュラスクエスト2で、wanderというアプリを使っているのだが飽きない。

日本の山小屋は見つけやすいように屋根が赤いけど、モンブランの山小屋は宇宙船みたいにメタリックであることがわかった。モンブランに登ることはないだろうから得をした気分になった。Googleのレビューをみてたら水が出ないのに蛇口がついていて、なんのためにこれはあるのだと客が戸惑っていて笑った。

怖いもの見たさでヨーロッパの骸骨教会をまわったが、骸骨教会やカタコンベの背景に土葬文化と、土葬による環境汚染や土地不足の問題があることがわかってこれも勉強になった。

中学校で地理や世界史の勉強に組み合わせたらとても面白いと思う。パンデミック中に買ったものの中で、オキュラスクエスト2はベストだったな。


【トランス差別をとめるには】Huluにリクエストを送ってみた話

動画配信サービスのHuluに、こんなメールを送ってみた

タイトル:Changing the Gameを日本でも上映してほしいです

内容:プライド月間にあわせてChanging the Gameが米国Huruで配信されるとの記事を拝見しました。
https://www.glaad.org/blog/glaad-wrap-hulu-release-changing-game-trailers-shrill-and-mythic-quest-new-music-rina-sawayama

トランスジェンダーのスポーツ参加については、日本でも国会議員が差別的に言及するなど関心が高まっています。ぜひ日本に暮らしている私たちにもドキュメンタリーを通じて、正しい情報にもとづいてディスカッションできるよう、放映していただけるとうれしいです! 

メールの問い合わせ窓口はこちらから。

 

フロントロウのこちらの記事によると、プライド月間である6月に 米Huluがトランスジェンダーの学生とスポーツに関するドキュメンタリーを配信するらしい。日本ではみられない、なんてなったら悲しいなと思って、意見だけでも伝えてみようと考えたわけ。

front-row.jp

フロントロウはトランスジェンダーについて詳しい記事をいくつか出している。この記事はトランスジェンダー学生のスポーツ参加をめぐるアメリカの状況を扱ったもの。

トランスジェンダーの生徒が女子チームに参加することを禁じる法案が下院で可決されたサウスダコタ州では、議論中に、そもそも過去10年において同州でトランスジェンダーの生徒が女子チームが参加した事例はたったの1件で、その生徒が女子生徒から“勝利を奪った”という事実はないことが認められたものの、それでも法案は可決された。

 データの乏しさを指摘された議員たちは“子供たちのために将来の問題の種を事前に摘むため”だと主張するけれど、その心配が事実ならば、深く議論をして慎重にルールを作るべき。 

 このくだりなど、うなづきながら読んだ。

ちょうど先日、自民党山谷えり子議員がLGBT理解増進法にふれて、性自認にもとづいたトイレ利用やスポーツ参加にふれ「ばかげたことだ」と発言したことが話題になった。他の議員が「種の保存に反する」みたいな発言をしたことで、自民党に対する非難轟々となっているが、なにが差別扇動なのか直感でわかる人は多くても、ことトランス差別については話題がマニアックすぎてついていけない人は多い。

(それゆえにデマ扇動される人が多い、というのがLGBに対する差別とトランス差別の決定的な違いなのではないかとも個人的には感じる)。

トランス差別ってなんなのか

オラオラ、トランス差別ってなんだよ説明してみろよ

治安レベルが極悪であるTwitterでヘイターたちが日頃つぶやいているフレーズである。ただヘイターじゃなくても、なにがトランス差別なのかわからない初心者も多そうだ。自治体の最新調査によれば、トランスジェンダー の人口は0.5%にすぎない。トランスの知り合いと性別について語り合った経験のある人なんてごくわずかにすぎない。

少なくとも日本において、差別ということばの使われ方はあいまいだ。

1.  属性によって扱いを変えること
2. 合理的な理由がないのに属性で扱いを変えること

「属性Aの人には家を貸すのに、属性Bの人には家を貸さない」といったように属性に基づいて異なる扱いをすることが差別であることは、多くの人が認めるところだ。それに対して「大人は運転免許を取れ、子どもが運転免許を取れないこと」を差別だと考える人は少ない。中にはそう考える人もいるかもしれない。「レディースデイが差別だ」と考える人と、そうは考えない人が世の中にはいる(私はレディーズデイと男女間の賃金格差を同時になくすべきだと考える立場だが)。

私は、昨今のトランス差別について説明するには3つめの定義が良いのではないかと思っている。

3.マジョリティの人間が実態を無視した語りを広めて、マイノリティの経験や語りを無効化すること

大多数の人間は、トランスジェンダーが用を足すたびに警備員を呼ばれることがないようどのように工夫しているかを知らない。すでにうまくやれている多くの場面があることも知らない。知らないのにトランスジェンダーの尊厳を認めて、互いが共存することは困難であるなどと決めつけられる行為が散見される。これが現状SNSを中心に展開されるトランス差別の形態だ。

スポーツの話で言えば、アスリートなのか趣味なのか、ホルモン療法をしてるのかしてないのか、子どもなのか大人なのか、どの競技なのかによって議論は変わるはずだ。それを無視して「ダーッとメダルを取る」のがトランスジェンダー の(あるいは「活動家の」)求めることだと決めつけること自体がどうかしている。

性同一性障害の手術要件撤廃について、それを認めたら女湯にペニスのある人が入ってくるとか、通報することもできないとか語る人がいる。本気で怯えている人と、政争の具にしようとして、わかっていてワザと拡散させている人もいる。

私は手術要件の撤廃にはもちろん賛成だ。トランスの仲間たちが「彼女と結婚するために見たことも触ったこともない卵巣を摘出しようか迷う」とか「就職差別されないために大学のうちにお金ためて手術する」とか話しているのを聞くのに、もううんざりしている。でも、手術要件が外れたからといってペニスがある人が女湯に入れるとは思わないし、入れるべきだと主張していない。浴場組合には現在も「ペニスがあれば男湯」という決まりがある。レディースデイが許容される程度には、許容される決まりだと思うし、異なる扱いであっても合理的な理由はあると考えられる。

手術要件の撤廃について、移行先の性別で実生活を送ること(Real Life Experience=RLE)を一定期間行っている人については手術なしでも性別変更可能にするとか、細かく検討することもできる。当事者の切実な現状に対して、知恵を練って建設的な議論をすることで、よりよい社会を作ることはできる。

トランス差別をなくすためにできること

この数年、ハッシュタグでトランス差別に反対の声をあげてくれる人がいる。トランスジェンダー の外見を中傷したり、当事者の投稿を曲解して大量の嫌がらせをあびせたりする様子に胸を痛めてくれる人が多いことはうれしい。

もし追加でリクエストしてもいいなら、お願いしたいのは正しいリソースを広めてほしいということだ。トランス差別をしている人も反対している人も、人口比0.5%当事者についてよくわからないのが現状に思う。実態に基づいた正確な議論と、一緒に知恵を出して解決策を考える人が増えてようやくトランスジェンダー の置かれた環境は改善される。

peatix.com

6月にはオンラインで、アメリカのトランスジェンダーへのバックラッシュを描いたドキュメンタリーの上映会が開催される。自宅から見られるし、貴重な機会なので関心がある人にはぜひみてほしい。まわりにも上映会があることを知らせて欲しい。

www.nhk.or.jp

6月4日からはNHKEテレで、連続ドラマ「ファースト・デイ」がはじまる。トランスジェンダーの中学生を描いた良作品で、吹き替えは井手上漠さんだ。こういうドラマを広めてもらうのもいい。

syncable.biz

最後に、私が仲間たちとやっているクラウドファンディングもよかったら応援してほしい。なんだ、寄付の宣伝かよ!なんて思われたかもしれないが、実際問題トランスジェンダー のことを知らない人があまりに多すぎるのだ。この状況を変えるために、ぜひ力を貸して欲しい。

取り残された者のためのトランスジェンダー 史

20歳のときにトランスジェンダー当事者として、自分が共感できる文章の書き手はふたりしかいなかった。そのひとりがヨシノユギさんで、こうやって2020年になって新しくヨシノさんの文章が読めてうれしい。

吉野靫『誰かの理想を生きられはしない とり残された者のためのトランスジェンダー史』

(ちなみにもう一人は、本書でも触れられている「るぱん4」さん)。

 

ヨシノさんは2006年5月に大阪医科大付属病院で乳房切除手術を受け、病院側のミスにより患部が壊死して裁判をしていた人だ。トランスコミュニティは昔から閉鎖的な村社会みたいなところがあり無責任にウワサを流す連中も多かった。せっかく性同一性障害医療の扉があいたのにそれを閉ざすのか、といった形で医療ミスを受けた本人を中傷したり、根も葉もないウワサを流したりする人がいた。

自分にとってのヨシノさんはクロマニヨンズが好きだったり、あきらかシャイっぽいのにナルシストだったりするカッコよくておかしい人なのだが、本書はそのような牧歌的なこととは対極にある「砂漠」の本だ。

20歳のときにヨシノさんが裁判をすると聞いて寄付をした。そんな自分はヨシノさんの裁判のときには応援をする側にいたけれど、ヨシノさんが活動の先輩じゃなかったらなにかの間違いで石を投げる側に言っちゃっていたかもしれないと思うことはある。

本書では、性同一性障害特例法ができたときにだれが取り残されたのか、ということも描かれている。読んでいると、明らかに自分は「取り残す側」ポジションにいるんだなぁと思う。昔から自分は東京にいて自民党の議員にロビイングとかするわけ。それは安易に「そういうやつも必要」とか言って片付けるような話じゃなくて、「そういうやつ」にはそれなりの振る舞い方というのがたぶんあるとも思う。

昔からヨシノさんとそういう話をしてたなぁと思い出した。

というのはウソで、わざわざ思い出すでもなくヨシノさんと話してきたことは今でもよく考えている。「すべてを失うつもりだと思ってもだれかが隣にいたりする、それが運動というものです」と、裁判のときにだれかが書いていたのを今でもよく思い出すし、たぶん生涯忘れないんだろうなと思う。運動はいいものだと思ってる。

 

12月13日にZOOMで書評会があるらしいので、宣伝リンクを貼っておきます。

お申し込みはこちらから ※応募多数の場合、抽選になります。