バラバラに、ともに。遠藤まめたのブログ

LGBTの子ども・若者支援に取り組む30代トランスの雑記帳です

『全国データSDGsと日本 誰も取り残されないための人間の安全保障指標』に寄稿しました。

COVID-19の感染拡大のため、日本全国えらいことになっていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

本に寄稿したよ!

このたび発行された『全国データ SDGsと日本 誰も取り残されないための人間の安全保障指標』(NPO法人「人間の安全保障」フォーラム 編、高須幸雄 編著)の中で、LGBTに関する章を友人の松岡宗嗣さんと担当したので、今日はそのご連絡です。

www.akashi.co.jp

SDGsの中にはLGBTなどの性的少数者について明示的に書かれた部分はないんだけど、国連の「だれも取り残さない」という「だれも」の中には当然にLGBTも含まれているわけで、その観点からどうSDGsを読み解けるかという記述になっています。

国連におけるSOGIの政治的使われ方

「だれも」の中にLGBTは当然含まれるけど明示することはできない、というあたりに現在の国連の立ち位置がよく現れています。

数年前にニューヨーク大学のオンライン講座でGlobal LGBT Rightsについて勉強したとき、国連ではLGBTアンチな各国に配慮するためにどうしても「ゲイ・レズビアン・・・」という言葉は使えなくて、世界人権宣言の「人は生まれながらに平等にして自由」の概念を踏まえながら、SOGI(性的指向性自認という、みんなが誰でも有している属性の話なんだよ!)なら頑張ってなんとか使えるという話が出ました。

性の多様性をめぐる問題を語るとき、LGBT(ないしLGBTQ+でもいいんだけど)みたいな「いないことになってる人の権利回復運動」という設定でいくのか、SOGIという「血液型みたいにみんながもってる属性での差別を無くしましょう」という設定でいくのか、どちらがいいのかと聞かれることが多いんですが、個人的には前者を好んでいて、なんでかというと、後者は多数派とされる人の特権を問うことが難しくなるし、結局「ゲイ、レズビアン 、・・」と口に出すことも難しい人たちの内的な差別に向き合わなくても済まされてしまうところが嫌だな、と思うからです。

ただ、法律を作るときなどはアイデンティティ・ベースではなく、属性による差別を禁じる書き方になるので、使い方次第かなと。LGBTQよりSOGIの方が望ましいし包括的みたいな単純化には、もう少し掘り下げて議論したいなとは思います。

www.youtube.com

「性的多様性は西洋的価値観であり我が国の伝統的価値観や風習、文化とは異なる」との価値観にチャレンジするため、さまざまな文化圏でのビデオを国連は作ろうとしてて、アプローチ方法として面白い。

 

本、関心ある人は手にとってみてください。