バラバラに、ともに。遠藤まめたのブログ

LGBTの子ども・若者支援に取り組む30代トランスの雑記帳です

どこでも視察に行けるわけではない

どうすれば再発防止できたのか

虐待などの理由で居場所のない10代女子を支援している団体に、国会議員がたくさんやってきて問題を起こした件が話題になっている。

togetter.com

最初読んだとき、そもそも視察者が5人だったとしても場の安全を守ることは難しかっただろうと思った。それ以上来たなら、通常は追い返すだろう。

私は彼女たちの活動をリスペクトしている。彼女たちだって通常なら追い返すはずだが、そう判断できなかったのは、視察によって予算がつくかもとか、もっと多くのユースを助けられるからかもとか期待したからだろう。

私も若者の居場所づくりを行う団体を運営している。元文科大臣がくると聞いたら期待すると思うし、通常の判断ができなくなる可能性は高い。このようなときでも例外はないんだと踏みとどまる胆力が必要なんだろうな、と今回のことで個人的に学んだ。

多くの団体の悩みごと

子ども若者の居場所づくりをしている団体は、視察を断ったり、どうしても受け入れる場合にも「子どもには話しかけさせない」とか「スーツ禁止」とか、いろいろ条件をつけたりすることが一般的だ。

私が運営に関わるにじーずは、勉強目的で非LGBT当事者が参加することや大人の見学を断っている。講演依頼をしたかったとか、私と話せると思ったとか、勉強させてもらえるとか、いろんな期待をした大人から問いあわせが来る。実際に来てしまう招かれざる客には、もちろん帰ってもらう。開催場所を公表しているグループは、どこも似たような苦労をしているだろう。「子どもたちと過ごすための時間で、あなたと話す時間ではない」のだが、それは伝わらない。

中には大人が入れるグループもあるので、同じように歓迎されると誤解する人がいても仕方がないのかもしれない。傷ついた人たちが集まる場所に対して、安易に視察や見学の申し出をしないこと、アポなし訪問は論外だということ、視察は断られることもあるということが、もっと当たり前のことになってほしいと思う。

そして今回、自民党の議員がやらかしたことで「だから自民党は」と言われたり「だからおっさんは」と言われているがどの政党の人間でも、右でも左でも、性別を問わずやらかすことは承知している。知りたいことは本でもセミナーでも情報を得られるはずだ。現場を見るのがいちばん、という現場第一主義自体をみなおしたほうが良いと思う。議員だけでなく、知りたがりの人がみんな陥りがちなことだと思う。

トリガーと不当行為について

今回、馳浩元文科大臣が行ったとされるセクハラに関して擁護する余地はない。

(一連の議論の中で、馳浩同性婚否定派であることを批判したツイートに対し、彼が自民党の中でだれも取り上げなかったLGBTの課題に最初に目をむけた功労者であることは反論した。LGBTの自殺対策や子ども・若者について取り組もうとしてくれたことにはずっと感謝しているし、同性婚LGBT施策の最優先課題だとは私は思っていない)。

その前提で、スーツを来ること、大人が複数人でいること、身体が接触するような狭い場所ですごさせることそのものが、ハラスメントを受けたのと同様のしんどさを感じさせる(トリガーを引く)状況になっていただろうとも感じた。

抗議文の中には、視察団の態度の悪さの例として「議員秘書が”女の子だから”と荷物を持とうとしたこと」「タメ語で話したこと」など、さまざまなことが書かれているが、(性別役割分業には反対だが、それとは別の文脈として)、安全性が壊されていた以上、荷物を持っても突っ立っていてもやっぱり問題になったのではないかと感じた。

#MeTooムーブメントの課題として、被害者と同じトーンで怒ることが善で、それ以外の言説はセカンドレイプとしてしまう現象がある(実際にセカンドレイプも多いのだが)。ただ起きていることの検証ができないと再発防止につながらない場合もあるのではないかとも感じる。今回のことは不当行為があったというだけでなく、そもそも視察自体が望ましくなかったケースだったのではないかと思うし、不当行為がなかったとしてもサバイバーを支援する現場が混乱に巻き込まれることは往々にしてあるものだ、という(よくある)話ではないかと感じた。

性別役割分業や「なめている感じ」などについては、身近な性差別についてみんなが考えるようになるのには大切なことだと思うし、私を含めて性差別の加害に無縁な人はこの社会にはひとりもいないことも事実だろう。でも、それは「あいつらが性差別をする」という加害者の他者化とは別な気がするし、それでは同じことが繰り返されるようにも感じる。

ちょっとまとまらないのだけど、このへんで。

 

 4月27日追記

今回の事件で仁藤さんは場の管理者であり被害を受けた「女の子」とは異なる立場にいる。なんらかの当事者性を持つ人が支援者に回ることはよくあるが、セーフスペースのあり方について議論することがセカンドレイプに該当するとは思わないし、どのセーフスペースも安全性の配慮については試行錯誤しながら、反省しながら取り組んでいるのが実態であると思う。